シリコンバレーに拠点を置く医療系スタートアップ企業のリヴォンゴ・ヘルス((Livongo Health))が注目を集めています。糖尿病と診断された会社員に生活改善・管理プログラムを企業に提供する同社は先日、複数の投資家から総額5,200万ドルの資金を集め、シリコンバレー関係者の注目を集めました。リヴォンゴ・ヘルスはどのようなプログラムを提供し、医療コストの削減と患者のQOL改善を実現しているのでしょうか?話題のリヴォンゴ・ヘルスを紹介します。
リヴォンゴ・ヘルスというスタートアップ
糖尿病とは、体内でインスリンが働かないために血糖値が高まり、心臓病や腎不全といった合併症などを引き起こす恐ろしい病気です。2018年時点で、アメリカには3,000万人の糖尿病患者が存在し、10分の1が食事や運動などの生活習慣や遺伝に由来する「Ⅱ型糖尿病」の患者だとされています。さらに、アメリカには糖尿病と診断されていない糖尿病予備軍の人口が8,400万人も存在するとされていて、糖尿病はアメリカ人の4人に1人が罹患する可能性がある国民病となっています。
糖尿病による医療・社会コストの総額は2,450憶ドル(約25兆7,250億円)にも達していて、膨張を続けるアメリカの医療コストの一因となっています。なお、アメリカ糖尿病協会は、糖尿病患者にかかる医療コストは、健康な人の医療コストの2.3倍に達すると試算しています。
リヴォンゴ・ヘルスは、糖尿病などの生活習慣病の患者へコーチングプログラムを提供するスタートアップ企業です(2014年設立)。糖尿病の治療には適切な食事と運動管理が必要ですが、リヴォンゴ・ヘルスは糖尿病患者にそのためのコーチングやアドバイスを与え、糖尿病にかかる医療コストの削減を目指しています。
契約先企業の糖尿病患者へシステムを提供

リヴォンゴ・ヘルスのサービスは極めてシンプルです。コーチングプログラムは、契約先企業の糖尿病患者を対象に提供されます。対象となった患者にはリヴォンゴ・ヘルスから血糖値を測る小型デバイスが配布され、患者は指定された時間に採血して血糖値を測定します。測定された血糖値はネット経由でリヴォンゴ・ヘルスに送られ、異常が認められるとリヴォンゴ・ヘルスのコーチからテキストメッセージや電話コールが90秒以内に送られてきます。
また、対面によるリアルタイムのコーチングを受けることも可能で、患者一人ひとりの生活スタイルに合わせた運動プランなどのアドバイスがもらえます。
糖尿病などの生活習慣病の改善には、行動変容と呼ばれる生活改善が必要とされます。生活スタイルを変え、それを新たな習慣として維持することが求められるのですが、リヴォンゴ・ヘルスのサービスは、患者に行動変容を起こさせることに大きく成功しているようです。リヴォンゴ・ヘルスのコーチングを受けた患者の、サービス開始1年後のHbA1c値(血糖値の目安)は、平均で0.9%低下しているそうです。
行動変容を長く続けるためには、デバイスやシステムなどの利用のハードルを下げる事が必要だとリヴォンゴ・ヘルスは考えています。リヴォンゴ・ヘルス創業者のグレン・トールマン氏は、「デバイスやシステムを使う人が、デバイスやシステムを大好きにならないとダメなのです。単に好きといった程度ではいずれ使われなくなります。また、アドバイスなども瞬時に得られなくてはダメです。多くの糖尿病患者は、アドバイスをリアルタイムで得ることを求めています」とコメントし、患者のデバイスやシステムなどへのアクセスを確保する重要性を訴えています。
医療コストが確実に削減
ところで、リヴォンゴ・ヘルスのシステム導入による経済効果ですが、どの程度見込めるのでしょうか。リヴォンゴ・ヘルスが大手契約先企業二社を対象に行った調査では、リヴォンゴ・ヘルスのシステムを利用している企業の患者一人当たりの医療コストは、利用していない企業患者の医療コストに比べ、平均で月額83ドル(約8,715円)安かったそうです。年間では996ドル(約104,580円)になり、それなりの医療コストの削減を実現しています。
また、リヴォンゴ・ヘルスのシステムを導入している大手データ管理会社アイアン・マウンテンでは、システム導入により社員の医療機関への通院回数が59%低下し、ERなどの緊急外来の利用も19%低下したそうです。リヴォンゴ・ヘルスのシステムを使用していない患者の医療コストが3%増加した一方で、システムを利用している患者の医療コストは5%低下したのです。システム利用者に対する満足度調査でも、74%の患者がシステムを利用する事で以前よりも効果的に血糖値などの管理ができるようになったと回答しています。リヴォンゴ・ヘルスのシステムは、医療コストの削減と患者満足度の向上を同時に果たしているようです。
高血圧症プログラムも開始へ

リヴォンゴ・ヘルスのグレン・トールマンCEOは、同社のシステムの対象を今後、他の生活習慣病にも広げてゆくとしています。当面は、糖尿病患者が併発しているケースが多いとされる高血圧症や鬱病に対応するとしています。
5,250万ドル(約55憶1,250万円)という巨額の資金調達を成功させ、海外進出も視野に入れる同社の事業は、一つの大きなトレンドに乗っているように見えます。一方で、同社の事業拡大における最大の課題の一つは人材の確保です。
リヴォンゴ・ヘルスのシステムでは患者2,500人に対して1人のコーチがコーチングを行っています。ユーザーが100万人に増加すると400人のコーチが、3,000万人に増加すると12,000人のコーチが必要になります。リヴォンゴ・ヘルスのシステムには、ユーザーの病状を診断するためのAIなどは導入されていませんが、人間のリソースに完全に依存している現状は、今後改善の余地があるでしょう。
アメリカではすでにAIが糖尿病患者のインスリン管理を行う仕組みも登場し、主にⅠ型糖尿病の患者の血糖値管理とインスリン登用を自動的に行うフェーズに突入しています。リヴォンゴ・ヘルスのシステムも今後、AIを積極的にコーチングに活用し、患者の生活に積極的に活用する機運が高まってくる可能性が高いでしょう。
日本でも広がる「疾病管理ビジネス」
いずれにせよ、リヴォンゴ・ヘルスのシステムが大手企業を中心に採用され、相応の経済効果を生み出し始めています。そして、現在アメリカで採用が広がっている同社のシステムが、多くの糖尿病患者を抱える他の国にも広がる可能性はあるでしょう。特に、アメリカ式の民間医療保険主体の医療制度を導入している国でリヴォンゴ・ヘルスのシステムが採用される可能性が高いでしょう。
一方で、日本の糖尿病患者数も1,000万人にのぼり、楽観視できない状況を迎えています。日本とアメリカの医療制度は、社会主義と自由民主主義ほど違うといわれますが、それでも日本語にローカライズされたリヴォンゴ・ヘルスのシステムが、日本の企業健康保険組合などに採用される可能性は決して低くないでしょう。
実際に日本の企業健康保険組合の一部では、喘息などの患者の生活に積極的に介入し、患者のQOLを向上させるという「疾病管理プログラム」を導入するところも出てきています。
日本の企業健康保険組合の多くは経営が赤字で、コスト削減に腐心しているところが少なくありません。さらに日本の企業健康保険組合の多くが、今後の医療費負担増加で経営を大幅に悪化させると危惧されています。そうした日本の企業健康保険組合が、リヴォンゴ・ヘルスのシステムに触手を伸ばしたとしても、不思議でもなんでもないと筆者はひそかに考えています。