税金・税務

令和3年の税制改正!雇用者の給与が増加した場合に適用できる「賃上げ税制」とは

令和3年の税制改正!雇用者の給与が増加した場合に適用できる「賃上げ税制」とは

みなさんは「賃上げ税制」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。現在の税制には中小企業向けの税制や大企業向けの税制などありますが、最近ではその中でも「賃上げ税制」と呼ばれる税制が注目されています。

2020年から続く新型コロナウイルス感染症の影響により、テレワークの普及など雇用者の働く環境が大きく変わりつつある中で、

  • 雇用元の企業が倒産することにより、職を失ってしまった
  • 営業自粛などにより、給料が著しく減少した

などの影響がでている人も多いでしょう。

新型コロナウイルス感染症の影響を受けている中であっても、雇用を維持するだけでなく、反対に給料の増加や積極的な設備投資をおこなう事業者に対して、一定の税制優遇措置を設けいるのが「賃上げ税制」の大きな特徴です。

賃上げ税制は令和3年度の税制改正により、事業者がより適用しやすくなりました。

賃上げ税制は事業者によっては、非常に高い節税効果を得ることができる場合もあるため、従業員に給料を支給している事業者は賃上げ税制を活用できないか、一度検討してみるとよいでしょう。

賃上げ税制とは

賃上げ税制は、前事業年度よりも一定割合以上の給料を支給した場合などに適用できる税制です。

適用することにより一定額をその事業年度の法人税や所得税から差し引くことができます(これを税額控除といいます)。そのため、前事業年度と比較し、給与支給額の増加額に応じて税額控除額が決定するため、場合によっては非常に高い節税効果となることもあります。

また、賃上げ税制は大きく分けて2つの種類に区分されます。

  • 所得拡大促進税制(中小企業向け)
  • 賃上げ・生産性向上のための税制(大企業向け)

それぞれの税制において適用するための要件などが異なるため、混同しないように注意が必要です。

所得拡大促進税制(中小企業向け)

所得拡大促進税制は中小企業向けの税制です。

「雇用する従業員に対して前事業年度よりも一定割合以上の給料を支給した場合」などの要件を満たすことで、その増加額に応じて法人税や所得税から一定金額を控除できる制度です。そのため、所得拡大促進税制を適用することによりその年に納めなければならない税金を少なくすることができます。

当事業年度と前事業年度における従業員の給与支給額を比較しながら計算をおこなっていきますが、対象となる従業員の条件など細かな条件があるため、比較対象となる従業員を集計する作業がポイントになります。

特に従業員の人数が多いと集計作業に時間がかかる場合もあるため、適用できるかどうかの判定や対象となる従業員の判定など、理解を深めておく必要があります。

賃上げ・生産性向上のための税制(大企業向け)

賃上げ・生産性向上のための税制は、おもに大企業向けの税制です。

所得拡大促進税制の条件でもある、「雇用する従業員に対して前事業年度よりも一定割合以上の給料を支給した場合」の条件などを満たす場合に適用できる税制です。適用することができれば給与支給額の増加額に応じて、法人税等の税額控除を受けることができます。

所得拡大促進税制と同様に、従業員の条件など細かな条件があるため注意が必要です。

令和3年度の税制改正後の税制概要とは

令和2年12月10日に「令和3年度税制改正大綱」が公表されました。

その中には、

  • 所得拡大促進税制
  • 賃上げおよび生産性向上のための税制

について、それぞれ税制の一部が改正されています。

令和3年度の税制改正では、「適用するための条件」や「法人税や所得税などから差し引くことができる金額の計算方法」が見直されています。

税制改正後、税制の概要を確認していきましょう。

2021年4月時点では税制改正案がでている状態であり、税制に関するすべての内容が確定しているわけではありません。税制のすべての内容から変更となる可能性もあるため、今後の動きに注意しておく必要があります。

ここでは、以下を元に解説しています。

  • 税制改正案として内容が公開されているもの
  • 現在の税制における内容

所得拡大促進税制

所得拡大促進税制は、税制の適用期間が2年間延長され、以下の内容が見直されています。

  • 適用要件
  • 税額控除額の計算方法

これらの2つの見直しにより、中小企業者が所得拡大促進税制を活用しやすくなっています。

また、専門的な用語が多く使用されているため「用語解説」を確認しながら理解を深めていきましょう。

適用要件

適用事業年度の雇用者給与等支給額 ≧ 前事業年度の雇用者給与等支給額 ×101.5%

所得拡大促進税制の適用要件

所得拡大促進税制を適用するには、当事業年度の給与支給額が前事業年度よりも1.5%以上増加していなければなりません。

たとえば、前事業年度に1,000万円の給与を支給している場合には、当事業年度は1,015万円以上の給与を支給していれば適用できることになります。

改正前の要件では、前事業年度より「継続して働く従業員の給与支給額」が増加していなければいけませんでした。

令和3年度の改正では、従業員全体の給与支給額の増加を要件と変更されました。「継続して働く」部分の要件が撤廃され、適用を受けやすくなり、集計でも簡単になったといえます。

税額控除額の計算方法

(適用事業年度の雇用者給与等支給額 - 前事業年度の雇用者給与等支給額) × 15%※1

所得拡大促進税制の税額控除額の計算方法

法人税や所得税から差し引くことができる金額の計算は、前事業年度の給与支給額から当事業年度の給与支給額がいくら増加したかによって変動します。

具体的には、前事業年度から増加した部分に15%を乗じた金額となります。たとえば、前事業年度と当事業年度の給与支給額が下記の金額だったとします。

前事業年度の給与支給額 1,000万円
当事業年度の給与支給額 1,500万円

(1,500万円-1,000万円)×15%

前事業年度と当事業年度の給与支給額の差額である500万円に15%をかけた75万円が税額控除額となります。

ただし、下記の要件を満たす場合は、数式が15%から25%になります。

  • 適用年度の雇用者給与等支給額 ≧ 前期の雇用者給与等支給額 × 102.5%
  • 下記の2つのうち、いずれかを満たす場合
    ・適用事業年度の教育訓練費※2の額  ≧ 前事業年度の教育訓練費 の額 × 110%
    ・適用事業年度終了の日までに中小企業等経営強化法の経営力向上計画の認定を受け、その計画に従い、経営力向上が確実におこなわれたものとして証明されていること※3

※2 従業員の職務に必要な技術または、知識を習得させ、または向上させるために支出する費用

※3 中小企業等経営強化法第2条10項に規定する経営力向上が確実におこなわれたこと

税額控除の計算結果が法人税額の20%を上回る場合は、法人税額の20%の金額が税額控除の上限金額となるため注意が必要です。

用語解説

雇用者給与等支給額

すべての国内雇用者に対して支払われる給与等の総額。

ただし、役員※4に支払った給与は除かれます。

※4 役員とは、法人の取締役や執行役、監査役や理事などのことをいいます。

国内雇用者

正社員のほかパート・アルバイト・日雇い労働者等のことをいいます。

ただし、使用人兼務役員※5を含む役員の親族といった特殊関係者※6または、個人事業主の親族などの特殊関係者は除きます

※5 使用人兼務役員とは、役員でありながら「部長」や「課長」といった職制上の地位を有している人のことをいいます。ただし、代表取締役、代表執行役のような役員は、使用人兼務役員となりません。

※6 特殊関係者とは、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族のことをいいます。

経営力向上が確実に行われたことの証明

中小企業等経営強化法第2条10項に規定する経営力向上が確実におこなわれたことを指します。

詳しい内容は、経済産業省を参考にしてください。

教育訓練費

従業員の職務に必要な技術または、知識を習得させ、または向上させるために支出する費用のことをいいます。

原則として、自社と雇用関係のある従業員などに対して実施されたものに限ります。

具体的には、次のような費用があげられます。

教育訓練費 費用例
国内雇用者の職務に必要な技術・知識の習得又は向上のために他の者が行う教育訓練等に当該国内雇用者を参加させる費用 研修講座、研修セミナー、講習会、技術指導の参加費用
他の者が行う教育訓練等に対する対価として当該他の者に支払う授業料、受講料、受験手数料 教育訓練に関する研修講座や講習会などの授業料、受講料、参加料など

また、対象とならない費用は次のようなものあげられます。

  • 法人などが従業員に支払う教育訓練中の給与
  • 教育訓練時に発生する交通費や食費、宿泊費、居住費
  • 法人などが所有する施設の使用にともない発生する光熱費

詳しい教育訓練費の定義は、経済産業省国税庁をご確認ください。

給与等の引き上げおよび設備投資をおこなった場合の税額控除

給与等の引き上げおよび設備投資をおこなった場合の税額控除、以下の内容が見直されたことにより税額控除を活用しやすくなりました。

  • 適用要件
  • 税額控除額

適用要件と税額控除額の計算は、「所得拡大促進税制」と異なる点もあるため混同しないように注意が必要です。

適用要件

適用要件については、下記のいずれかを満たす必要があります。

  • 適用事業年度の雇用者給与等支給額 > 前事業年度の雇用者給与等支給額
  • 適用事業年度の新規雇用者給与等支給額 ≧ 前事業年度の新規雇用者給与等支給額 × 102%

適用事業年度の雇用者給与等支給額 > 前事業年度の雇用者給与等支給額

適用事業年度の雇用者給与等支給額>前事業年度の雇用者給与等支給額

雇用者給与等支給額が前事業年度よりも増加している必要があります。増加額の指定はないため、単純に「前事業年度よりも給与支給額が多ければよい」ということになります。

適用事業年度の新規雇用者給与等支給額 ≧ 前事業年度の新規雇用者給与等支給額 × 102%

適用事業年度の新規雇用者給与等支給額≧前事業年度の新規雇用者給与等支給額×102%

雇用者給与支給額ではなく、「新規」雇用者給与支給額となっていることに注意が必要です。また、単純に前事業年度を上回るだけではなく、前事業年度よりも増加率が2%以上でなければならないことにも注意が必要です。

税額控除額の計算方法

新規雇用者給与等支給額 × 15%

新規雇用者給与等支給額×15%

給与等の引き上げおよび設備投資をおこなった場合の税額控除を適用しようとする事業年度における新規従業員への給与支給額から、前事業年度における新規従業員への給与支給額の差額に15%を乗じた金額が原則的な税額控除額となります。

ただし、教育訓練費が前年度比20%以上増加している場合は、控除限度額は15%から20%となります。教育訓練費の内容は、「中小企業向け所得拡大促進税制」と同様の取り扱いとなります。

用語解説

新規雇用者給与等支給額

新規雇用者給与等支給額

新規雇用者給与等支給額とは、国内事業所における雇用者のうち雇用保険法の一般被保険者※7に対して、その雇用した日から1年以内に支給する給与等の総額のことをいいます。(支配関係がある法人から異動した者及び海外から異動した人を除く)

※7 雇用保険法の一般被保険者とは、図の一般被保険者のことをいいます

ただし、以下の人は一般被保険者から除外されます。

①65歳に達した日以後に、新たに雇用される者

②短時間労働者であって、季節的に雇用される者、または短期の雇用に就くことを常態とする者(日雇労働被保険者に該当する者を除く)

③日雇労働者であって、適用区域に居住し適用事業に雇用される等の要件に該当しない者

④4ヵ月以内の期間を予定しておこなわれる季節的事業に雇用される者

⑤船員保険の被保険者

⑥国、都道府県、市町村等に正規職員として雇用される者

引用:雇用保険の適用基準(一般被保険者)|厚生労働省

控除対象新規雇用者給与等支給額

控除対象新規雇用者給与等支給額とは、国内の事業所における新規雇用者(支配関係がある法人からの異動者や、海外からの移動者は除く)に対して、雇用日から1年以内に支給する給与のことをいいます。

「新規雇用者給与等支給額」は雇用保険についても条件の1つとなっていましたが、「控除対象新規雇用者給与等支給額」は、雇用保険の条件がないことから、似ている単語であっても対象者の範囲が異なることに注意が必要です。

賃上げ税制に関する各種取り扱い

未払給与の取り扱い

給与として損金算入した事業年度において計算対象とします。

未払いの給与に関しては、未払金を計上した事業年度において損金算入(経費に計上)されるため、その事業年度における「雇用者給与等支給額」に含まれることになります。

前払給与の取り扱い

給与として損金算入した事業年度において計算対象とします。

前払いの給与に関しては、前払金を計上した事業年度においては損金算入(経費に計上)されないため、翌事業年度以降における「雇用者給与等支給額」に含まれることになります。

給与として取り扱われるもの

給与所得として取り扱われる例として、次のようなものが挙げられます。

  • 賃金
  • 勤勉手当
  • 残業手当

また、給与所得として取り扱われれない例としては、次のようなものが挙げられます。

  • 退職手当
  • 通勤手当(非課税限度内)※8

※8 通勤手当を含むなど、合理的な方法により継続して国内雇用者に対する給与等の支給額を計算している場合は、給与として計算に含めることができます。

非課税限度内の通勤費とは、具体的に次のとおりです。

非課税限度内の通勤費

引用:通勤手当の非課税限度額の引上げについて|国税庁

出向先法人における出向者の取り扱い

出向先法人が出向元法人へ出向者にかかる給与負担金を支出する場合の取り扱いは次のとおりです。

出向先法人の賃金台帳に当該出向者の記載がある場合 出向先法人が支給する当該給与負担金の額は、雇用者給与等支給額に含みます。
出向先法人の賃金台帳に当該出向者の記載がない場合 当該給与負担金の額は出向先法人の雇用者給与等支給額には含まれません。

一時的に海外で働いている人の取り扱い

海外に長期出張等をしていた場合でも、国内の事業所で作成された賃金台帳に記載され、給与所得となる給与等の支給を受けている人は、海外勤務者であっても国内雇用者に該当します。

国内雇用者の要件である「使用人のうち国内に所在する事業所につき作成された賃金台帳に記載された者」に該当するためです。

事業年度の途中で従業員から役員になった場合の取り扱い

役員分の給与は除き、従業員分の給与として支給された期間の給与のみ計算の対象となります。

助成金の取り扱い

次の助成金は、給与から除外する必要があります。

  • 特定就職困難者コース助成金(雇用保険法施行規則第110条に規定)
  • 特定求職者雇用開発助成金(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律施行規則第6条の2に規定)

労働者の人数に応じて国などから支給を受けた助成金が対象となります。その他の助成金は個別の判断が必要になるケースがあるため、最寄りの税務署にご相談することをおすすめします。

雇用調整助成金の取り扱い

雇用調整助成金については、適用要件にある「雇用者給与等支給額」から控除する必要はありません。

しかし、税額控除額を計算する際の、税額控除率を乗ずる基礎金額(15%)※9は、雇用調整助成金を控除しなければなりません。

※9 税額控除率を乗ずる基礎金額とは、適用事業年度の雇用者給与等支給額から前事業年度の雇用者給与等支給額を差し引いた金額のことをいいます。

適用事業年度の月数と前事業年度の月数が異なる場合の取り扱い

設立初年度や決算期を変更した事業年度の場合や、適用事業年度と前事業年度の月数が異なる場合は、下記の数式にもとづいて調整しなければなりません。

「前事業年度の月数」 > 「適用事業年度の月数」の場合

「前事業年度の月数」>「適用事業年度の月数」の場合

「前事業年度の月数」 < 「適用事業年度の月数」の場合(前事業年度の月数が6カ月に満たない場合)

「前事業年度の月数」<「適用事業年度の月数」の場合(前事業年度の月数が6カ月に満たない場合)
A 適用年度の開始の日の前日~過去1年以内(※10適用年度が1年に満たない場合には、適用事業年の期間)に終了した各事業年度にかかる国内雇用者の給与等支給額の合計額
B a 適用年度の月数 / b 適用年度の開始の日の前日~過去1年以内(※10適用年度が1年に満たない場合には、適用事業年の期間)に終了した各事業年度の月数

※10 適用年度が1年に満たない場合には、適用事業年の期間となります

引用:中小企業向け 所得拡大促進税制 ご利用ガイドブック|経済産業省

「前事業年度の月数」 < 「適用事業年度の月数」の場合(前事業年度の月数が6カ月以上の場合)

「前事業年度の月数」<「適用事業年度の月数」の場合(前事業年度の月数が6カ月以上の場合)

当税制を活用する際の申告時における注意点

本制度の適用を受けるためには、法人税(個人事業主の場合は所得税)の申告の際に、確定申告書に税額控除の対象となる雇用者給与等支給増加額、控除を受ける金額および、その金額の計算に関する明細書を添付する必要があります。

引用:賃上げ・生産性向上のための税制 ご利用ガイドブック 教育訓練費の定義|経済産業省

まとめ

今回の税制改正において、賃上げ税制に関しては適用要件などが大きく緩和され、多くの事業者が活用しやすくなっています。これは、新型コロナウイルス感染症の影響により、経営が厳しくなっている事業者が多い中、積極的に雇用を生もうとする事業者や設備投資をおこなう事業者に対する優遇措置であるためです。

税額控除額についても上限額が設けられているものの、事業者によっては高い節税効果となる場合があるため、前事業年度と比較し、給与支給額が増加しているのであれば一度検討してみるとよいでしょう。

賃上げ税制については、今回の改正により活用しやすくなりましたが、専門用語が多いことや対象となる従業員についての判定が必要なため、税制自体について少しでも疑問点がある場合には、税制に関する最新の情報を持っている税理士などの専門家に一度相談してみましょう。

今回の賃上げ税制に限らず税制は毎年改正されています。そのため、その他の税制についても適用できるものがないか併せて確認してみるようにしましょう。

企業の教科書
記事の監修者 宮崎 慎也
税理士法人 きわみ事務所 代表税理士

東京都千代田区にある税理士法人きわみ事務所の代表税理士。
会社の立ち上げ・経営に強い「ビジネスドクター」として、業種問わず税理士事業を展開。ITベンチャーをV字回復させた実績があり、現場を踏まえた的確なアドバイスが強み。会社経営の問題を洞察したうえで、未来を拓くための手法を提案することをモットーにしている。

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