支配人という言葉は聞いたことがあるかと思います。ただし、一般的に使われている「支配人」と用語としての「支配人」には差異があります。そのため混乱のないようにしなければなりません。起業を考える方は将来支配人を選任する可能性があるので、ここで支配人について理解しておくと良いでしょう。用語としての意味を整理する上では「使用人」も知っておく必要があります。そこで支配人や使用人がどのような者を指すのか、そして選任時の注意点も解説していきます。
支配人は使用人の一種

最初に整理しておきたいのは、使用人という大きなくくりの中に、支配人が存在しているということです。それぞれ完全に別個のものではありません。
使用人とは
使用人を一言で説明すると「従業員」です。一般的に従業員と同じような意味で、「社員」という言葉が使われますが、厳密には意味が違ってきますので正しく使い分けるようにしましょう。社員は出資者であり会社の所有者でもある「株主」のことを指し、使用人は会社と労働契約を結んだ従業員であるため、明らかに立場が異なります。
社員である株主は、その経営を役員である取締役に委任、そして取締役の意思決定に沿った仕事を使用人が命令通り遂行するという関係になっています。そのため使用人は雇用されることで会社等の商人に従属することとなり、その営業について補助をする者ということになります。
「部長」や「主任」といった役職が付いているものは特定の職務について委任を受けていますが、多くは使用人でしょう。また使用人には労働契約上、就業時間中には職務に専念すべき義務が課せられています。この義務は、社員はもちろん役員にもありませんので使用人の特徴であると言えます。
支配人とは
すでに説明した通り、支配人も使用人の一部です。そのため指示された職務を遂行する義務を負います。ただし一般的な使用人とは権限の強さが格段に違います。部長など、役職の付いた使用人とも異なる権限を持ち、日本国内を見ても、全従業員数に比べてごく少数の者しか支配人として選ばれていません。
支配人を置く場合登記を行いますが、政府による調査(政府統計の総合窓口「e-stat」)の結果を見ると毎年500件から1000件ほどの登記しか行われていません。国内数百万社の企業があることを考えれば支配人は珍しい存在であることが分かるかと思います。
また、「表見支配人」という言葉もあります。これは支配人として正式に選ばれた者ではなくても、そのように扱われる者のことを言います。
例えば会社の本店または支店の事業主任者であることを示す名称を使用している場合、これがただの使用人であったとしても外部の人間から見れば支配人であるかのように見える場合があります。そこで対外的には表見支配人として扱われることがあると規定がされています。もちろん相手方が支配人でないことの事実を知っていれば表見支配人として扱うことはありません。
支配人ができること

それでは具体的に支配人に何ができるのか説明していきます。最も特徴的なのは支配人の持つ「代理権」です。あくまで使用人であることに変わりありませんが、会社に代わって事業の一切に関する行為を行うことができるのです。そのため従業員の選任や解任、さらには裁判上の行為ですら行う権限を持つのです。
店長や支店長、マネージャーなどと呼ばれている者が必ずしも支配人であるとは限りません。また支配人と呼ばれている人がいたとしても法律上の「支配人」ではない可能性もあります。裁判上の代理権を持つほどの立場であり、正式に会社からそのように選ばれたものだけが本来の意味での支配人ということになります。
裁判上の行為を代理で行える利点は、重要な意思決定と事務処理が迅速にできるようになる点です。消費者金融などでは訴訟により債権回収を行う場面が多いため、支店長等を支配人として選任しているという実情もあります。銀行などでも同じように融資を行い一部の支店長などを支配人としていることはありますが、こちらは消費者金融とは意図が異なります。消費者金融のように裁判上の行為を迅速に行うためではなく、担保実務にあたり、実印を押せる人員を増やすということに活かされているようです。
支配人を選任する方法

支配人とは何者なのか、どんなことができるのかを説明してきましたが、実際に選任をする場合どのようにすればいいのでしょうか。
支配人の決め方①取締役の過半数の一致で決める
会社財産に重大な影響を与える事項を決定するには、株主の意見も聞く必要があります。ただし日常業務など、すべての事項についてまでわざわざ株主総会を開いていたのでは非効率です。そこで一定範囲の決定事項は取締役の判断で進めて構わないとされています。 支配人については取締役が決定する事項であり、複数の取締役がいる場合にはその過半数が支配人の設置に賛成すれば、会社の意思決定とすることができます。取締役会が設置されている会社なら、取締役会にて決議を行います。
支配人はこのようにして選任し、そして解任をする場合でも同じようにして決定することができます。原則は取締役が定める事項とされていますが、定款で「株主総会にて支配人を決める」という旨の規定を置けば、株主の意見を取り入れて決めることもできるようになります。
支配人の決め方②個人商人でも選任できる
自営業のような個人商人でも支配人の選任は可能です。ただし小商人に該当する場合にはこれができません。小商人とは営業の規模が特に小さな商人のこと。具体的には、営業に使う財産の最終年度における貸借対照表に計上した額が50万円未満かどうかです。これを下回ると小商人として扱われます。
支配人に関する注意点

支配人を選任しておけば、普通の使用人には任せられないことをいろいろと代わりにやってもらうことができ便利です。ただし、いくつか注意点があることは把握した上で運用していかなければなりません。
支配人の注意点①登記が義務付けられている
選任の決定は取締役もしくは取締役会の話し合いで決めることができますが、外部の者に支配人であることの主張をするには登記をしていなければなりません。そこで会社法でも支配人を選任したときや、その代理権が消滅したときには登記をしなければならないと定められています。登記を行う場所は「本店の所在地」です。 一方で登記の申請を行う期間に定めはありません。ただしこれはいつまでも待ってくれるという意味ではなく、期間は定めないもののできるだけ早く、選任後は「遅滞なく」登記申請をしなければなりません。
「遅滞なく」「直ちに」「速やかに」の違いは?
「遅滞なく」という文言は法律の条文ではよく見かける表現です。類似する言葉には「直ちに」や「速やかに」などがあります。実はそれぞれ使い分けられており、具体的な日数指定はされていないものの「直ちに」と言われた場合には言い訳の余地もなく早急にしなければならない、という意味で捉えると良いでしょう。これらの表現の中では最も強い要求を意味します。
これに対し「遅滞なく」と言われた場合には、それなりの理由があればある程度遅れても許容してくれるニュアンスになります。だからといって遅くなって良いものではありませんが、「直ちに」と比べた場合にはそのようなイメージになるでしょう。
「速やかに」と言われた場合は「直ちに」と「遅滞なく」の中間のイメージになります。
支配人の登記申請をいつまでも放置していると過料を課せられることもあるため、忘れることなく必ず行うようにしましょう。登記すべき事項は
- 「支配人の氏名および住所」
- 「支配人を置いた営業所」
の2つです。このうち支配人を置く営業所を登記することが意味するのは、支配人の持つ代理権が登記をした営業所の事業に関わるものに限られるということでもあります。他の営業所に関しては力を発揮できません。
さらに登記の際には必要書類を添付しなければなりません。支配人の選任を証する書面が求められます。取締役や監査役、会計参与のように役員であれば就任承諾書が添付書類として必要になりますが、これは会社と委任契約を結ぶことに起因しています。
そのためあくまでも使用人である支配人の登記では就任承諾書は求められません。会社の代理人として機能はするものの、受任者の立場ではなく業務命令に従う立場であることを忘れてはいけません。
自営業として活動する個人商人でも、支配人の選任に登記は必要です。この場合会社法ではなく商法が適用されることとなりますが、登記の申請を行う義務者は商人となります。当たり前のようにも思えますが、商法において登記義務者は当事者本人であるケースも多いため、混乱のないようにしなければなりません。
登記で支払いの必要な登録免許税は個人でも会社の場合でも同じでどちらも3万円となっています。この金額は1件あたりの料金であり、支配人1人あたりではないことは覚えておくと良いでしょう。複数の者を選任する予定があるのであればまとめて登記をしたほうが、余分に費用がかからなくて済みます。
支配人の注意点②役員との兼任ができない場合がある
支配人となったものは一定条件のもと役員等との兼任ができないケースがあります。例えば支配人と代表取締役は兼ねることができません。そもそも代表になるのであればわざわざ使用人としての立場を残して代理権を得る必要もないでしょう。代表取締役となれば代理ではなく本人として職務を遂行できます。
多くの会社では取締役との兼任は可能ですが、指名委員会等設置会社の取締役にはなれません。またこの場合には会計参与および監査役にもなることができません。また監査等委員会設置会社における監査等委員である取締役にもなれません。これらの場合における取締役は会社の業務執行ではなく見張りとしての側面を持つため、支配人の立場とは馴染まないのです。
支配人の注意点③競業の禁止
支配人には単なる従業員である一般の使用人にはない義務が課せられます。重要な立場で強い権限を持つ者として、競業は禁止されています。つまり支配人として従事する会社のノウハウを活かして、自分で同種の事業を立ち上げることは許されないのです。会社から許可を受けることができれば可能ですが、基本的には「自ら営業を行うこと」「自分または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をすること」「他の会社の使用人・役員等になること」は禁止されています。仮に自分や第三者のためにした同種の事業によって利益を得た場合には、その金額が会社に生じた損害の額と推定されます。
支配人の注意点④特別背任罪の適用
会社財産に手をつけやすい取締役等が悪事を働かないように抑制する意味合いも含め、会社法では罰則規定も設けられています。そのうちのひとつが「取締役等の特別背任罪」です。これは自分や第三者の利益のために任務に背く行為をはたらき、そして会社に財産上の損害を加えた場合には処罰するという内容です。
法定刑は10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金です。例えば取締役が定款や株主総会の決議に背いた行為をして損害を生じさせた場合などには罰せられる可能性があるでしょう。
この罪では「取締役等」に該当するということがポイントになります。つまり取締役以外でも同様に処罰されることがあり、他には「発起人」や「会計参与」「監査役」「執行役」などがあり、支配人もここに含まれています。
まとめ

法律上、大きな権限が与えられた使用人が、支配人であるということがおわかりいただけたでしょうか。あくまで会社と労働契約を結んだ従業員の一員ではありますが、会社の代理人として裁判上の行為ができるほどの権限を持ちます。そこで会社には支配人の選任について登記の義務が発生すること、そして支配人本人には競業の禁止や取締役等に課せられる義務も生じるなどの特徴があります。どのような状況において選任をすべきか、個別具体的なアドバイスを得たい場合には専門家に相談をしてみると良いでしょう。