事業の立ち上げを考えている方の多くは自らが経営者となる予定で計画を立てているかと思います。そして経営者となるのであれば「取締役」という立場になるでしょう。ただし取締役になるためには「欠格事由」と呼ばれる、法定の無資格者に該当していてはいけません。欠格事由に該当すると取締役になる資格がない者として扱われます。欠格事由に当てはまるケースはそれほど多くはありませんが、会社の経営をしていく立場としてはこの辺の知識も知っておくと良いでしょう。自分以外の者を取締役として選任する可能性もあるでしょうから、そのときに問題とならないよう要点をしっかりと押さえておきましょう。また、ここでは取締役の欠格事由に関連していくつか問題となりやすい事例を取り上げて解説していきます。
取締役になれない?欠格事由とは

取締役となれる者の範囲は決して狭くありません。取締役を希望する場合、会社の判断として選任をしてくれさえすればほとんどの場合で就任することができます。ただし、以下で紹介する欠格事由に該当する場合には取締役にはなれません。また、現在欠格事由になっている者でも時間の経過により欠格事由にあたらなくなることもあります。逆に将来的に取締役になる資格を失う可能性もあるなど、絶対的に判断できるものではありませんのでこの点注意をしておきましょう。
取締役の欠格事由①法人
取締役の欠格事由のひとつは「法人」であることです。つまり個人としてではなく、会社という法人格を持つ組織がほかの会社の取締役に就任することは許されないということです。ただし会社などの法人であってもほかの会社の「株主」になることはできますので混乱のないようにしましょう。
取締役の欠格事由②成年被後見人・被保佐人
「成年被後見人」および「被保佐人」、そして外国の法令上これらと同様に扱われる者は取締役になれません。成年被後見人や被保佐人とは、精神上の障害によって判断能力に問題があり家庭裁判所からその審判を受けた者のことを言います。認知症を患った場合などにこの認定を受けることがありますが、あくまでも家庭裁判所で審判を受けなければ欠格事由には該当しません。
また、後見開始の審判を受けることは「委任契約」を終わらせる原因にもなります。取締役のような会社役員は会社との関係において雇用契約を結ぶのではなく委任契約を結びます。そのため後見開始の審判を受けて委任契約が終了してしまうと、すでに取締役としての立場を失うことになります。さらに問題となるのは、本来成年被後見人として認定を受けてもおかしくないほど判断能力が低下しているにも関わらず、まだ審判を受けていないケースです。この場合は取締役としての立場はまだ残っていますが職務を執行するのは難しいでしょう。株主や会社債権者のことを考えれば退任してもらうべきですが、重度の認知症にまでなってくると自分の意思で辞任をすることすらできません。親族等の申立てにより審判を受けた場合には取締役退任の登記申請をするため、後見開始の審判書またはその登記事項証明書を用意しましょう。
取締役の欠格事由③会社法違反者
過去に罪を犯していたとしても取締役にはなれます。ただし会社法や破産法など、会社経営に関する罪を犯していた場合にはそのほかの犯罪に比べて厳しめの要件が課されます。これらの法律に規定されている罪を犯し、刑に処され、その執行を終わり、またはその執行を受けることがなくなった日から2年を経過しない者は取締役にはなれないと規定されています。 簡単に言えば、会社法関連の罪を犯してから2年ほどは取締役にはなれないということです。具体的な期間については刑の執行日などが関わってくるため注意しましょう。
具体的な罪としては「取締役等の特別背任罪」や「会社財産を危うくする罪」、「虚偽文書行使等の罪」などが挙げられます。 例えば定款や株主総会決議の内容に違反した場合には「取締役等の特別背任罪」にあたることがあるでしょう。 ほかにも法令や定款に違反して剰余金の配当をすると「会社財産を危うくする罪」、株式の募集に当たり説明資料や広告で重大な虚偽の記載をした場合には「虚偽文書行使等の罪」に該当する可能性があるでしょう。取締役になろうとするのであれば、今後の信頼を失わないためにもこうした違反行為は一切するべきではありません。
取締役の欠格事由④その他の刑罰執行中
会社法関連の罪以外でも欠格事由にあたることがあります。企業活動にまったく関係のない犯罪をしたとしても、禁錮以上の刑に処されその執行を終えていない者などは取締役になれません。会社法関連では違反へのペナルティは重く執行猶予中でも欠格となり、罰金刑でも同様の扱いでしたが、これ以外の罪であれば執行猶予中なら許されます。また罰金刑であれば処されたのちすぐに取締役として就任することは可能です。
取締役になる際に注意すべき問題

取締役の欠格事由として定められているのは前項までで説明した4つです。ただしそれら以外の場合でも取締役になれないケースはあり、また、取締役になれるのかどうか分かりにくいケースもあります。
取締役の注意点①未成年者が取締役になる場合
未成年者は取締役になれるのかどうか、これはグレーな領域です。というのも基本的には未成年者であってもそれだけで欠格事由にあたることはありませんが、別の理由で就任できないというケースがあるのです。
未成年者が取締役になれないケースのひとつは「意思能力」がないとみられる場合です。意思能力とは法律上の判断において、自己の行為がどのような結果が生むのか、これを把握する能力のことです。個人差も大きいところですが、一般的には10歳未満だと意思能力がないと扱われ取締役への就任はできなくなります。
もうひとつのケースは印鑑証明書を要し、かつ、15歳未満である場合です。役員に就任するとその登記を行います。そしてそのときに印鑑証明書が必要になることがあります。取締役会非設置会社の取締役および代表取締役、取締役会設置会社の代表取締役などです。印鑑証明書を取得するためには事前に印鑑登録をしなければなりませんが、15歳未満だとこれができないのです。
仮にこれらの要件を満たして取締役になれる状態だとしても、未成年だと単独で契約を結ぶことができず、会社との委任契約のために親権者の同意がなければなりません。結局のところ未成年者でも取締役になれますが親に反対されるとなれません。
取締役の注意点②破産者と取締役の関係
破産した者が取締役になれるのかという問題もよく取り上げられます。その背景には従来の会社法で欠格事由とされていたことが関係しています。しかし現在では破産者であっても取締役になることは可能で、このように規制緩和されたのは会社とともに自己破産をせざるを得ない事情があるためです。多くの経営者は法人として銀行等から融資を受ける際、経営者個人についても連帯保証人になるよう求められるため、法人破産をしても結局個人に請求をされてしまうのです。その結果自己破産をするということが起こっています。
このようにして自己破産をしても取締役となり新たに事業を始めれば再起を図ることもできます。ただしすでに取締役となっている者が自己破産した場合には扱いが変わってきます。後見開始の審判を受けたときと同様、自己破産(厳密には破産手続開始決定)をすると委任契約が終了してしまい取締役としての地位は失います。もちろんこのことが欠格事由にはなりませんので再び会社から選任をしてもらえれば復活することはできます。
取締役の注意点③取締役を株主に限る定め
定款で、取締役が株主でなければならないという条件を定めることは原則認められません。これは取締役の本来の職務が経営を行うということであり、その能力さえあれば無理に株主に限定する必要はないからです。しかし非公開会社(すべての株式につき譲渡の制限をつけている株式会社)では例外的にこの規定を設けることが認められています。非公開会社の多くは同族会社であり、一般投資家などの利害関係人がいないためです。
代表取締役の選任について

代表取締役といっても取締役の一部です。そのため欠格事由やその他の就任条件も共通しています。ただしその選任については知っておくと良いでしょう。基本的に、各取締役はそれぞれが会社を代表するため、全員が代表取締役でもあります。ただし取締役が3人以上いる場合には「取締役会」を置くことができ、その場合には任意ではなく、必要的に代表取締役の選任が行われます。しかし人数に制限はないため、取締役会設置会社であってもその全員を代表取締役とすることができます。また、取締役会非設置会社であっても定款で代表取締役を置く旨を定めることはできます。
代表取締役を決めるには取締役同士で話し合います。そして過半数の賛成によって決定します。また定款の定めにより、株主総会の決議でこれを決めるようにもできます。
取締役と使用人の兼任は可能か

これまでとは違った視点で取締役の就任資格を考えてみましょう。「使用人」であるものが取締役を兼ねることができるのか、ということです。使用人とは会社と雇用契約を結んだ従業員のことです。 そしてもうひとつ整理しておきたいのは「支配人」についてです。こちらも使用人であることに違いありませんが、非常に強い権限を持っています。会社に代わって裁判上の代理権を持つほどです。店長や支店長などが必ずしも該当するわけではありません。むしろ登記をする必要があるほどの立場ですのでそれほど一般に選ばれる機会のあるものではありません。ただし使用人ではあるため、会社との関係において委任契約を結ぶ取締役とは性質が大きく異なります。
取締役と使用人は兼任可能
そもそも取締役が従業員を兼ねるようなことはあるのでしょうか。実際のところ会社によっては一部そのような運用をしていることがあります。このことは、取締役が従業員として会社と雇用契約も結ぶのではなく、もともと従業員であったものが昇格して取締役になるという場合に「使用人兼務役員」となり両方の立場を兼ねるケースが多いです。そしてこうした運用があるように、基本的には取締役と従業員の立場は兼ねることが許されています。ただし一部の会社では同じ取締役でも性質が異なるために使用人を兼ねることが許されていません。
指名委員会等設置会社の使用人の場合
例えば取締役会という機関を具備するなら、その会社は取締役会設置会社としてある一定の権限と制約が与えられることになります。取締役が3人以上必要という条件なども満たさなければなりません。このことと同様に指名委員会や監査委員会、報酬委員会を置く場合には「指名委員会等設置会社」となりますが、このときの制約のひとつとして取締役の権限の多くが「執行役」と呼ばれる機関に移されます。つまり業務執行については執行役が担うことになり、取締役の職務は会社経営について見張ることに限られてくるのです。 すると従業員として働く使用人と、指名委員会等設置会社の取締役はその性質が対極に位置し、両者の職務は馴染みが悪いと言えます。そのため会社法でも指名委員会等設置会社の取締役とその会社の使用人は兼ねることができない、と定められています。
監査等委員会設置会社の使用人の場合
指名委員会等設置会社と似たタイプの会社が「監査等委員会設置会社」です。こちらは指名委員会等設置会社ほど経営陣への監視体制が厳しくなく、日本でもややその採用が進んでいます。そしてこの場合の制約のひとつとして、「監査等委員である取締役」は使用人を兼ねることができないと定められています。監査等委員である取締役も前項の取締役同様、組織の監査を担うことになるためその立場上使用人となるべきではないのです。ただし監査等委員会設置会社であっても監査等委員である取締役と代表取締役以外であれば、支配人などの使用人を兼任することは許されています。
まとめ

取締役になるための資格、取締役に課せられる条件などを紹介してきました。最も基本的な事項は「取締役の欠格事由」である4項目でしょう。法人や成年被後見人等、その他法令に違反した者等などは取締役になることができません。また原則は未成年でも取締役になれますが、15歳未満だと制約も多くなってきます。一方で破産者については会社法の改正により規制緩和されているため理論上は特に問題なく就任することができるでしょう。ただし取締役になれたとしてもそのことにより従業員にはなれない場合がありますので一部の会社では注意する必要があるでしょう。